レナードの朝の感想

映画を鑑賞した後、ほとんどの人は何かしらの感想を持つはずです。面白かった、泣けた、爽快だった。映画のメッセージが心に届いた時、人は感情を突き動かされます。

私が過去に観た映画の中には鑑賞中に思わず涙を流してしまう作品もありました。とても感動できるストーリーや展開の映画です。人に勧める際も、泣けたよ、感動したよと気持ちを表すことができます。

しかし心の内側を揺さぶられるような感動は言葉で形容し難く、そう言った意味で「レナードの朝」は本当に不思議な映画だと今なお深く考えさせられます。1991年、アカデミー賞作品部門ならびに主演男優賞の栄冠を手にした名作の紹介です。

医師のマルコム・セイヤーが嗜眠性脳炎の治療を始めるところから物語は始まります。この病気は疾患するとパーキンソン症状、嗜眠(眠ったような状態)に見舞われる難病です。臨床実験に苦戦するマルコムですが、あるとき患者が覚醒する兆候を見出します。マルコムは重病患者のレナードに新薬を投じ、根気強く治療を行ったところ約30年ぶりに目覚めさせることに成功します。

レナードは日常生活を取り戻しマルコムとの友情も芽生え、そして恋をします。彼女に会うため外出を願い出るレナードですが、医師団がリスクを恐れたため叶いませんでした。その日を境にレナードの症状は悪化していき、性格も凶暴じみてきます。マルコムは必死に治療を試みますが状態は悪くなる一方。またレナードの成功をもとに新薬を投与され覚醒した患者たちも同じく症状が振り出しに戻っていきます。マルコムの健闘むなしく、レナードは再び深い眠りの世界に陥りました。

この映画の根幹にあるのは決して悲劇ではありません。マルコムが抱く無力感やレナードの失意に悲しみはないのです。生きること、人と触れ合うこと、自分を受け入れること。大切なメッセージが散りばめられています。当たり前のように送っている日常の一つ一つが尊く、愛おしいことに気付くはずです。レナードは自分の症状が悪くなっていくことを悲観しながらも、マルコムに記録をつけて経過観察するように頼みました。それは美しい自己犠牲ではありません。希望を失わずに立ち向かう決意の表れなのです。

マルコムもまた中途半端に期待を持たせてしまったこと、新薬で実験をした人道への背徳から自己嫌悪します。しかし彼の行為は希望の光を目指した選択であり、すべて非難されるものではありません。物語のラストでは、自分を受け入れ変化に努めようとするマルコムが描かれています。その姿はまさに人間の希望そのものです。

私はこの映画を観た後、言葉が出ませんでした。ただ当たり前のように幸福に縋っているだけの自分の人生に疑問を感じたのです。この心を突き動かされた感動を味わえる映画は、おそらく世の中に多く存在しないでしょう。私は文字通り、今でも感動しています。